蜜柑の缶詰

 かつては今よりも缶詰が普及していたように思われる。冷蔵、冷凍技術や流通の状況が今に比べれば相当に貧弱だったため、保存方法の主力であったためだろう。

 普通はテコ式の缶切りでギコギコ開けるのだが、このときに中から出てくる汁/シロップをこぼさないように注意しなければならない。

 コンビーフ缶の形や水ようかんのパッカンは特別なものだった。どちらもフタの切り口で手を切る危険性がある(わたしは何度も血を流した)。

 アスパラガス(ホワイトアスパラ)の缶詰は底を開けたほうだが中身を取り出しやすい。

 数ある中で楽しみは果物の缶詰である。パイナップルなどの缶詰でしか食べられないものに限ったことではない。生の果物が普通に出回っていた蜜柑や桃でも缶詰は格別だった。とにかく缶詰をあけ、果物を深皿に取り、上からシロップをかけると、すごく上等なものを食べている気になった。

 けっして安くはなかっただろうが、めちゃくちゃ高くもなかっただろう。ほどよい高級感が普段とは違う、ささやかな贅沢感を醸し出していた。この「ささやかな」という感覚もだんだん薄れてきたような気がしてならない。

 缶切りがなくてもあまり不自由はしないようになってしまった今の生活様式も「ささやかな贅沢」から遠ざかるようでちょっとさびしい。