痰壺(たんつぼ)

 ちかごろ人々のマナーが確実に良くなっていることは何度か書いた。路上でのマナーもしかり。かつては道を歩いていて、しょっちゅう犬の糞やらガムを踏んづけて往生したものだ。ところが最近では、どちらもほとんどなくなっている。マナーの向上の一例であろう。煙草のポイ捨てはまだ少し残っているが、それでもずいぶんと減っている。

 それで思い出すのが、昭和の痰壺(たんつぼ)。駅のホームの片隅や改札口の脇、歩道の隅っこなどに置かれていた。白い陶器製の小さな壺である。昭和のころから痰は汚いものとされていたのだろう。歩いていてはきたくなったら(路上や通路上ではなく)ここへはきなさい、といって置かれていた。

 が、ここに痰をはいているひとを見かけたことはほとんどない。地面に直接置かれた小さな壺に粘りけのある痰を命中させることが難しかったのかもしれない。かといってしゃがんではくものでもない。はきたくなることろと、置かれているところが違っていたのかもしれない。

 ところかまわずはくのはしょっちゅう見かけた。朝礼に最中に運動場に痰をはき、上に足で気持ち程度の砂を掛けている教師もひとりふたりではなかった。おそらくは、痰をはくことがマナー違反だとは思っていなかったのだろう。

 最近になって、痰壺を見かけることはほとんどなく、また、路上に痰をはくひともあまり見かけなくなった。

 思うに、路上でたんをはくひとがへったのは、ガムや糞とは違ってマナー向上というよりも、痰そのものが減ったのではなかろうか。むかしはやたらと痰が絡まった声ではなすひとが多かったが最近はほとんどいまい。青ばなを垂らす子どもが減ったのと同じ理由かもしれない。まあ、理由はともかく、路上から痰が消えたのは良いことである。