フォークの背でご飯を

 昭和の頃には、理解不能な習慣のようなものがあった。なぜだかわからないがそうするものだと言われていた。

 そのひとつが、ご飯をフォークの背に乗せて食べるというマナー。これはまことしやかにささやかれ、それを実践するひとも少なくなかった。いや、少なくないどころか、そうするのがマナー、そうしないのは野蛮ということでほとんどのひとが実践していた。

 このころは洋食なるものはまだまだ発展途上だった。ご飯をフォークの背で食べるかどうかというのは、洋食のマナーを知ってるか、知らないかを示すものでもあった。むろん、マナーを知っているのが上品、知らないのは野蛮ということであった。上品と思われたい、野蛮とは思われたくない、ということで皆が皆、フォークの背にご飯を乗せて食べていた。

 やってみればわかるけど、これは簡単なことではない。いや、だからこそ、この難しい技を難なくこなすのが、洋食を食べ慣れていることの証、すなわち上流の証でもあった。

 ところが、炊いたご飯というのは西洋には存在しなかった。だからご飯を食べるマナーなんてものも存在しなかった。となると、いったいだれが言い出したのだろう? 

 徐々にそんなことに気がついていったのだろう。で、ひとは合理的になる。ご飯はフォークの腹ですくって食べる。さらには、そのときはフォークは右手に持ち替える。そんな行為もいまでは普通になってきた。

 が、いまだにフォークの背で食べているひともいる。八十歳以上の女性に多く見られる。折角身につけた技、簡単には変えられないのだろうな。というより、そうするのは野暮という考えが染みこんでしまったのだろう。スプーンでご飯を食べるようになるまでこの習慣は変わらないでしょうね。