冬の朝の霜柱や氷

 昭和の冬の朝には霜柱や薄く張った氷がつきものだった。

 踏みしめるとキュッキュッとなる霜柱。水たまりや防火用水をのぞくと薄い膜のような氷が張っている。この氷を取り出して、投げたり割ったりして遊ぶ。

 寒い冬の象徴のようなものだけど、必ずしも寒さを感じたわけはない。むしろ逆に、寒さのなかの楽しみであった。寒くて縮こまりそうになるところを霜柱や氷を見つけてはしゃぎ回った。じっとしていないで、からだを動かした。吐く息が白く、氷を掴んだ手は真っ赤になったが、それでも寒さより楽しさだった。

 近ごろ、霜柱も氷もほとんどみかけない。暖かくなったわけではないだろう。舗装がすすみ、霜柱のできる土がなくなり、氷が張る水たまりがなくなってしまったためである。防火用水も見かけなくなって久しい。

 これは、進歩といって喜ぶべきことなのだろう? あるいは〝昔は良かった〟と残念がることなのだろうか?