チャンネル争い

 昭和の時代、チャンネル争いというものがあった。テレビの話である。

 テレビは一家に一台。そしてテレビが最大の娯楽。なので家族揃って一台のテレビを見る。最初のうちは家族共通の定番の番組というものがあった。世の中、ほとんどのひとが同じ番組を観ていたのではないだろうか。

 時が経ち、テレビを見ることになれてくると、当然ながら見たい番組に違いが出るようになってきた。作る側も裏番組といわることに甘んずることなく、表を食ってやろうという気概で番組を作るようになってきた。

 そうなって起こるのがチャンネル争い。これは熾烈を極めた。最初のうちはチャンネルそのものの取り合いである。そのうちにリモコンなるものが現れるとややこしくなってきた。チャンネルを押さえていてもリモコンで変えられてしまう。リモコンで変えてもチャンネルで戻されてしまう。と、大変なことになってきた。

 が、熾烈を極めたチャンネル争いもやがて落ち着いてきた。理由はいくつかある。

 家庭内のテレビの台数が増えたこと。これはテレビの価格が大幅に下がったおかげであろう。

 録画して見ることができるようになったこと。これも機材、とりわけテープの価格が下がったおかげであろう。当初はテレビ局でさえ高価で使えなかったテープが家庭でも利用可能となったおかげである。更にその後、ハードディスクに録画できるようになると便利さは大いに増した。

 そしてこのふたつよりも大きな原因は、娯楽の多様化であろう。つまりテレビがすべてではなくなったことであろう。まあ、これはよいことなのだろう。

 まあ、理由はともあれ、現在チャンネルあらそいというものはほとんどなくなったのではなかろうか。ハードディスクの録画領域の取り合いというのが代わって出てきたようではあるけれど。