列車みかん

 汽車に乗る時は、駅の売店で買った蜜柑を持ち込むのが普通だった。席に着くと、同席した人からこのみかんをもらうこともしばしばあった。

 みかんは、赤色のネットに縦一列に何個か入っていた。縦一列というはひとつずつ取り出すための工夫だろう。ネットというのは中を見せるためだろうか。空気に触れるのはよいことかわるいことか? ビニール袋はまだ普及していなかったようだ。

 ところで列車に乗る時に、どうして当たり前のようにみかんを買ったのだろうか。車内で食べる適切なものがほかになかったのかも知れない。

 では、どうして列車に乗ると何かを食べるのか? そこのところは良くわからない。ガタゴト揺られると腹が減るから、ということではないだろう。

 もしかしたら、と思うのは・・・

 当時は、汽車に乗ること自体、ある種、ハレの行為であった。なので、普段はしないこと、つまり、家や食堂ではないところで何かを食べる、という行為をして、ハレの特権をさらに活かそうとしたのかもしれない。

 いまや、列車に乗ったらなにかを食べるという習慣も薄れ、また、食べるとしてもみかん以外の選択肢が増えてきた。列車みかんは遠い日の思い出に成り下がってしまった。