彼・彼女

 テレビが普及しはじめたころ、それまで耳にしたことのない言葉が画面から聞こえてきた。

 それは、「彼」と「彼女」。「パパは何でも知っている」とか「うちのママは世界」といったアメリカのホームドラマのなかで頻繁に使われていた。仲のよい男友達、女友達をそう呼ぶらしい。それまで、そんな言葉は聞いたことがなかったので、これは、テレビ番組を翻訳する際に考案された新語ではなかろうか。明治の時代に西洋の思想を採り入れる際にたくさんの熟語を作ったように、アメリカの文化を輸入するに際して作られた新語ではなかろうか。

 と思ったのだが、違うかな、とも思う。というのは、中学に入ると、違う場面でこの言葉を耳にするようになった。それは英語の授業。ご存じ、三人称単数である。なんとなくではあるが、英語の世界では前々から「彼」「彼女」という言葉は使われていたような気もする。

 だけど、日常生活で使う日本語のなかでは三人称単数なんて意識することはない。なので耳にしたことがなかったのだろう。

 アメリカのテレビ番組の翻訳に際しては、この英語に由来の「彼」「彼女」を特別な関係の三人称単数に流用したのかもしれない。そっちを先に知ってしまったものだから、英語の授業で彼とか彼女とか出てくると、なにかそわそわしたものを感じてしまった。