忍術から忍法へ

 昭和の忍術は楽しく幼稚だった。

 そもそもが「忍術」だった。その後の世代では「忍法」であろう。昭和の「忍術使い」は「忍者」へと名前が変わった。

 名前が変わると、より高度に、より奥深くなってきた。

 忍術使いの典型は杉浦茂の漫画にあった。丸顔でまん丸目玉の忍術使い。巻物を口にくわえ、印を結ぶ。印といっても、右手を握り人差し指と中指を立てる。左手でその右手の人差し指と中指をにぎり、左手の人差し指と中指を立てる。そして呪文をとなえる。背後からドロンドロンという擬音が聞こえてくる。煙が巻き上がり、忍術使いの姿は消えてしまう。こんな感じだった。

 それを一見科学的に解説するのが白土三平。『サスケ』は忍術の参考書だった。物語もすごい。『忍者武芸帳』などはするどい歴史観を持っていた。時代小説を凌ぐものがあった。歴史書ですら及ぶところではないかもしれない。

 いや、歴史観ではなく忍術の話であった。『サスケ』の忍術解説はまだかわいく、仕組みを理解すれば自分でもできるような錯覚に陥るようなものであった。が、『忍者武芸帳』はその歴史観同様、悲劇的なものがあったり、運命的なものがあったり、希望につながるものがあったりとかなり重たくなっている。

 白土三平は忍術から忍法、忍術使いから忍者へと変容させた。抜け忍などという新たな身の上も登場した。小説では、柴田錬三郎らがこの路線を発展させる。

 この重苦しくなったのをもう一度楽しくしたのが山田風太郎。といっても幼稚な世界へもどしたのではなく、忍法の世界に奇想天外なエロを持ち込むことによって、楽しさ、滑稽さをとりもどした。

 わたくしめ、白土三平にかなり感化され、一方で山田風太郎のエロにドキドキしていました。が、いま振り返ると、一番なつかしいく、またそこへ戻りたいと思うのは、杉浦茂の世界です。これを幼児返りというのでしょうかね。