電話

 電話は苦手だ。その原因のひとつは子どものころ、家に電話がなかったから。

 いや、電話がないのはわが家だけではなかった。ない家のほうが多かった。公衆電話もさほど多くはなかった。

 場所によっては、引きたくとも回線が不足していて、ずっと(数年)待たされることもあった。

 また、電話を引くには、数十万だったかの債権を買わなければならなかった。もっとも買った債券はその場で再販して、実質的には差額だけを支払えばよかったが。とはいえ、変な仕組みである。とにかく電話を引くのも安くはなかった。

 電話をかけるときは、電話のある家にいって、最初に電話局にかけて(106だったかな?)交換手を呼び出して繋いで貰う。通話が終わると、しばらくして局から電話があり、通話料金を知らされる。それをお支払いする。そんな風にして電話を掛けていた。

 受けるほうは呼び出し電話である。近所の家にかけて貰い、呼びに来てもらった。まだまだ、そういうお付き合いができていた時代だった。住所録にも、電話番号のあとに(呼)と書かれていた。

 そんな調子で高校を卒業するまで、わが家には電話がなかった。さすがにその頃は少数派になってしまったが。

 というわけで、子どものころに電話を掛けたことはほとんどなかった。

 一家に一台すらない時代である。一人一台、外出時にも持ち歩く現代とは大いに異なる時代もあったのだよ。