豚骨ラーメン

 高校生になる前後に味噌ラーメンの評判が立ち始めた。札幌に味噌ラーメンなるものがあるという紹介から始まった。そして、それを食してみたら新しい感覚の味でめっぽう旨いという評判が続いた。そして、味噌ラーメンのほかに、塩ラーメン、バターラーメンといった新感覚のラーメンへと発展していった。

 わたしも札幌のおじを尋ねた際に、初めての味噌ラーメンを体験した。なるほど、いままで知らなかった味覚で、濃厚で旨かった。それよりも驚いたことがある。つくっているところが見えるカウンター式の店だったのだが、つゆを満たす前の丼にびっくりするほど大量の化学調味料が入れられていたのだ。化学調味料が家庭の食卓にも普通に置かれている時代だったが、それでも、さっさとひとふりふたふりする程度の使いかたであった。それをドバドバッといれるのだから驚いた。濃厚な味の理由はそこにあったのか。

 もっとも、連れて行ってもらったおじは、なにを隠そうその化学調味料会社の営業マンだったので、おじに対するサービスだったのかもしれない。たぶん、そうだろうね。いくらなんでもあの量はないよ。

 話は変わってそれから数年が過ぎる。大学1年の夏休みに九州を一周した。そのときに、鹿児島の志布志という駅に降り立った。詳しくは覚えていないが、電車の乗り継ぎの都合で降りたのだろう。

 ちょうど昼時。昼食を取ろうと、駅前の土産物屋を兼ねたような食堂に入る。余談だが、そのころはちょっとした駅の前にはそんな感じの駅前食堂とうのがあったものだ。

 どういうわけか、鍋焼きうどんが食べたくなって注文したが、できないという。まあ、そうだろう。夏のまっさかりの駅前食堂で鍋焼きうどんはないわな。ラーメンならできるというので、ラーメンを頼んだ。

 出てきたラーメンを一口食べた途端、びっくり仰天有頂天。いやあ、驚きました。その旨いこと、旨いこと。まったく予期していなかっただけに大いに驚いた。とにかく、不意討ちの驚きである。大げさでなく、世の中にこんなに旨いものがあったのかと驚いた。その後、何十年も経つが、そのときに匹敵するほどの旨さの驚きがあっただろうか? 思うに、味噌ラーメンを遙かにしのぐ新感覚であった。

 いまになって思えば、それが初めての豚骨ラーメン体験だった。味噌ラーメンについては予め耳学問はあったが、豚骨ラーメンなるものの存在はまったく知らなかった。まだ、その名すら知られていなかった時代である。普通の駅前食堂で普通にラーメンを頼んだら、出てきたのはその名すら知らなかった豚骨ラーメン。なんらの期待すらしていなかっただけに驚いた。

 生きていればこういうこともあるのだ。大げさでなくそう思った。