ヨーデル、ハワイアン

 昭和の夏はあちこちでヨーデルとハワイアンが流れていた。山や高原など比較的涼しいところではヨーデル、海や町中の暑いところではハワイアン、といった棲み分けがあったようななかったような。これまた、近ごろとみに減ってしまったビアガーデンではハワイアンの生バンドが演奏していた。

 日本人でも、ウィリー沖山やバッキー白片といった一流の演奏者がいた。山の歌をひとつのジャンルとしていたダークダックスも痛々しいながらもヨーデルを取り入れていた。ハワイアンのアマチュアバンドも活発だった。ビアガーデンや海の家はアルバイトの場でもあった。演奏する場があれば、演奏者も増加する。

 そんな風に興隆していたヨーデル、ハワイアンであるが、近ごろはどちらもあまり耳にしなくなってしまった。フラダンスがブームになっているようで、ダンス用の音楽としてのハワイアンは健在のようだが、単独の、音楽だけのハワイアンはあまり聞こえてこない。ヨーデルはもっと寂しい。少なくとも、夏の風物詩ではなくなってしまった。ハワイアンは夏に爆発しない代わりに、一年を通して聞くようになったかもしれないが。

 この変化はどこからきたのだろうか?