伝言板

 むろん、昔は携帯電話などなかった。それどころか、固定電話すら当たり前ではなかった。

 固定電話すらなかったのでひとと会うのも大変だった。

 まずは相手の家を訪れる。いちいち電報なんて打っていられないから、予告なしのいきなり訪問である。不在なら待つか出直すか。

 外での待ち合わせ。これは固定電話があっても役にはたたない。待ち合わせは、とにかく先に着いたほうが待つ。それだけである。

 もし、待てど暮らせど現れない場合はどうするか。どこかで割り切って帰ることになる。ただし、黙って帰ってしまうと、万一あとから来たひとには、相手がまだ来ていないのか、それとも先に帰ってしまったのかわからない。どうしてよいかわからず途方に暮れてしまう。

 そこで登場するのが伝言板である。といっても、特別なものではない。ごく普通の黒板である。先に着き待ちきれなくなった人がその旨書いておく。遅れて来たひとはそれを読んでその指示にしたがう。これでめでたし、めでたし。

 伝言板は駅の改札などに普通にあった。一番上に日付・時刻を書き、その下にメッセージを書く。メッセージには、もちろん、誰から誰へということがあだ名などで付記されている。

 「先に行く」「○○で待つ」「もう待てない。帰る」などと書かれている。黒板にチョークの手書きであるから当然絵文字などはない。

 この伝言板をのぞき見すると、いろんなひとの姿が垣間見えて面白かった。

 携帯電話が普及すれば伝言板は不要となる。伝言板はのぞき見できるが、他人の携帯電話をのぞくことはできない。

 さて、この変化、便利になったのは確かだが、人間らしさという点ではどうなのだろう。