ガラスの引き戸

 個人宅の玄関や商店の入口でガラスの引き戸はごく普通に使われていた。いまではすっかりと影を潜めてしまった。新築する場合には端から検討の対象外となっている。

 昭和の面影が残る町を歩いていると、未だ健在なガラスの引き戸にお目にかかることがある。ガラスも古いままで、中の様子がゆがんで見える。つまりガラスの表面が平らではなくゆがんでいるのだ。これがうれしい。

 そんな表面にゆがみのあるガラスに、金文字で商店名が書かれていたりすればもう最高。

 硝子戸のなかに自動車が置かれていたりすれば涙が出てくる。ガレージなんて一般的ではなかったので自動車はここしか置き場がなかった。そうそう、「クルマ」なんてだれも言わなかった。「自動車」である。

 螺旋式の鍵がついている。鍵はヒンジで戸についている。あけた鍵は抜け落ちずにぶら下がる仕組みになっている。

 引き戸であれば開けっ放しにもできる。中が土間になっていれば、商品を並べることもできる。これは当たり前。なかには趣味の品を置いているところもある。雨宿りや陽射し除けにお邪魔することも……おっと、これは虫がよすぎるか。

 閉鎖的なドアよりも、開放的な引き戸、それもガラスの、しかもゆがんだガラスの引き戸のほうが好きだ。もっとも、これは店舗、会社、余所の家の場合。自分の家であれば、不用意に覗かれないドアのほうがよかったりして。人間、かくも身勝手なものである(笑)。