昭和の犬の名前には工夫がなかった。定番のポチに体色からシロとかクロなどおざなりの名前が多かった。

 少し後になってコロという名前が一時流行した。これは、確か、「コタンの口笛」という連続ラジオ・ドラマがあって、そこに登場する犬の名前に因んでいる。

 品種は雑種が圧倒的に多かった。あこがれていたのが、「名犬リンチンチン(なんちゅう題名だ!)」のシェパードと「名犬ラッシー」のコリー。ただし、大型犬であり、また血統書付きはべらぼうに高かったこともあって、シェパードやコリーを飼うひとは余りいなかった。もっともシェパードは警察犬として見かけたが。

 その後、スピッツに人気が出ると、これを飼うひとが一気に増えた。この犬は臆病なのかよく吠える。また毛足が長いので手入れをおこたると汚らしくなってしまう。そんな欠点があるためか、最近は滅多に見かけなくなった。あれだけいたのに、一体どこへ行ってしまったのだろう?

 野良犬も多かった。孤高の野良もいたが、たいていは群れていた。人気のない道でこの野良集団に出くわすとかなりの恐怖を感じた。走れば追いかけられるので目をあわせないよう、気づかれないよう、こっそり素早く通り過ぎる。ドキドキものである。

 吠えられ、追いかけられたことも何度かある。野良にも縄張りがあるようで、あるところまで追ってくるが、そこからは出ようとしない一線がある。そこまで逃げおおせば、ほっとひと安心。

 もっとも野良のほうも不審な人間を見かけ、一応吠えてみたら逃げ出したので、仕方なく追いかけたのかもしれない。追いついて噛みつくことは想定外だったのかも知れない。自陣から追い出すために追いかけたのかも知れない。真相やいかに?

 この野良犬や放し飼いの飼い犬を捕まえる“犬殺し”なる不審者についてもまことしやかにささやかれていた。本当にいたのかどうかは怪しい。犬を捕まえてどうしようというのだ。それで飯が食えたのか?

 いや、犬ばかりではない。三味線用に猫をつかまえるひともいれば、犬猫どころではなく、人間の子どもをさらう“ひとさらい”のことも口にのぼった。こどもを捕まえてサーカスに売るのだとか。ひとさらいは全国津図うらうらに出没するようだが、サーカスがそんなに多くの人材を求めていたようには思えない。もしかしたら、人さらいを装ったどこかの国の工作員だった? それはともかく、

 飼い主のモラルがあがったのか、野良犬もあまり見かけなくなった。