火鉢

 昭和三十年の正月にはあって、平成の正月には無くなってしまったもののひとつに火鉢がある。昭和の暖房の主役は火鉢であった。のちに電気ごたつに主役の座を奪われてしまうが。

 火鉢といっても粋な長火鉢ではない。まるい陶器の火鉢である。灰をいれ、熾した炭を置き、五徳が立てられている。五徳の上に鉄瓶が置かれるうちもあるが、鉄瓶は高価なため一般的ではなかった。まあ、通常は五徳の上には何も置かれていなかった。夕時に鍋がかけられることはしょっちゅうだったが。

 正月の話であった。正月には五徳の上に網を置き、その上で餅を焼いた。焼いた餅をお湯にくぐらせ、砂糖入りのきな粉をまぶして食するむきもあるが、わたしはあまり好まない。わたしが好きなのは、小皿に容れた醤油と七味唐辛子をつける食べかたである。醤油をつけてから二度焼きするむきもあるが、醤油をつけたらそのまま食べるほうが好きだ。海苔を巻くこともあるが、当然ながら海苔がある場合に限られる。そして無いのが普通だった。海苔は贅沢品だったのだろう。気楽に食べられるものではなかった。

 餅網でスルメを焼くこともあったが、子供はあくまでもおこぼれを貰うだけ。お餅のようにたっぷり食べることはできなかった。昭和の正月は火鉢で焼いた餅。これが一番(かな?)。