かっこいい腕時計のはめかた

 マイカーなんていう言葉すら無かった頃の少年にとってバスの運転手はかっこいい仕事のひとつだった。自分で車を運転するなんて信じられない時代に大きなバスを自在に操るのだからかっこいいこと極まりない。狭い道でのすれ違いなど名人芸を見せられるともうたまりませぬ。

 当時のバスは当然ながらマニュアル・ミッション仕様。クラッチペダルを深く踏み込んで、シフトレバーを切り替える。シフトレバーから腕に激しい振動が伝わる。

 話変わって、当時の時計は電動クォーツなどではなく、ゼンマイ駆動の機械式。小さな部品がつまった精密機械であった。

 この精密機械にとって振動は故障の元、大敵である。と言うわけで、やっとタイトルに繋がる。

 シフトレバーの振動から腕時計を守るため、バスの運転手さんはレバーを操作する左手ではなく右手に腕時計をはめていた。しかもハンドルを握ったまま文字盤を見ることができるように内側すなわち手のひら側に文字盤が来るようなはめかたをしていた。

 普通の男性は左手の外側すなわち手の甲側に文字盤が来るようにはめているのに対して、右手の内側である。そのスタイルに大いにかっこ良さを感じていた。なんとまあ、素朴で単純な少年であったことだろう。