月の土地を買う
昔、月の土地が売られていた。誰が売っていたのかはわからないし、その人がどうして売る権利を持っていたのかもわからないが、とにかく誰かが売り、欲しい人が買っていた。
詐欺だのなんだのといった問題になったこともなかった。
もっとも月の土地である。有人人工衛星が飛び始めたころの話、アポロが月に降り立つよりずっと前の話である。月に人間が行けるかどうかなんてわからない時代である。
月に土地を買う。それは夢であり、冗談であったのだろう。決して投機などの生々しい話ではないだろう。いつ行けるかもわからないのに投資もくそもないだろう。なけなしの生活費を投入して困り果てる老人もいなかっただろう。
同じ土地を別人に販売するダブルブッキングなども大いにありえただろうが、そんなことはどうでもよかった。そもそも、販売していたのがひとりかどうかもわからない。複数のひとが横の連絡なしに売っていたかもしれない。
で、果たしてその権利はいまどうなっているのだろうか。
そうそう、そういうこともあって、その頃は「静かの海」だのなんだのといった、月の地名が登場した(いくつか挙げようと思ったが、それだけしか思い出せなかった)。いまは、月の地名を耳にすることはほとんどない。
月世界探検の物語なども一杯あったし、月に対する親しみはむかしのほうが強かったような気がする。